初めは咄嗟、二度目は勇気

 

「罪は意識して初めて形を持つ」

「意識されなければ生まれない」

 

このようなツイートをTwitterでしたと思う。

“罪”と呼ばれるもの、その後をトコトコと追いかける“罰”と呼ばれるもの。それらについて僕の考察をここに記述しておく。

 

 僕が“罪と罰”というものをテーマとして何故記事を書いたのか。それは追って把握してもらいたい。

 

 僕は行方不明というものに一度はなっておこうと前前から考えていた。勿論実行した。計画的と衝動的の混ざった行動。僕は駅の休憩室にいた。暖房が稼働していて、僕の身体を生温い倦怠感が包み込む。嘔吐を吐瀉っとしそうだった。

 

 僕は休憩室内を徘徊していた。徘徊しながら指パッチンをしていた。何も考えずに。そう、何も考えずに。

 

 僕は壁に貼られた障害者支援についてのポスターを見ていた。そこでも僕は指パッチンをしようとした。華麗に右手を後ろに大振り、スナップをきかせーー刹那、右手が何かにぶつかった感覚、音、衝撃。僕は振り返る。敵意。いや、苛立ちを浮かべた女性と目が合った。やってしまったと思うのと同時に焦りながらも僕は咄嗟に謝罪の言葉を口にした。女性は何も答えず、何も反応せず、何も変えずに座っていた腰掛けの上で身体を前に向き直した。この時、罪という名の種が僕の心に蒔かれた。

 

僕の右手がぶつかった場所はリーフグリーン色の服を着た女性(以下リーフさん)の後頭部。この場合は、場所というより箇所が正解だろう。つまりは、脱力した僕の裏拳がリーフさんの後頭部に炸裂してしまったということ。裏拳フルスイング逆転サヨナラデッドバット押し出し負けである。甲子園決勝でこれはあんまりである。

 

 僕は罪を意識した。これが罪という名の種が芽吹いた瞬間。罪は意識より生まれ出づる。罪の意識は加重し続ける。それで潰れてしまうこともあるだろう。罪の重さに耐え切れずとはよく言ったものだ。僕に関して言えば、僕というキャラを別の場所で操作しているのでそれ程でもない。しかし、全く無いというわけではない。罪の意識による重さは増していく。

 

 僕は考える。どうすればいいのかを。相手の事など全く考えず、必死にこの罪という花を引っこ抜く方法を模索していた。そこで僕は思った。この方、リーフさんとはこの先おそらく二度と会うことはないだろうと。それでは、僕は一生この罪を抱いて生きていかなければならない可能性が生まれてしまう。それだけは避けたかった。逃れたかった。

 

ぽつりと僕の内に何かが降ってきた。

 

 僕は今までの思考を振り返る。相手の事を考えないのはいい。僕にとっては僕だけが中心点。しかし、それではこの花を摘み取ることは出来ない。いや、そうじゃない。そうじゃない。

 

気付いた。そうか、と。 

 

リーフさんと二度と会うことはない、二度と会うことが出来ないからこそしっかりとした謝罪をしたいと思った。相手に対して悪いことをしてしまったと思ったから、自己満足であろうと自己満足だと思われようとしっかりとした謝罪を誠意を持って示したかった。ただそれでよかったのだと。

 

 謝罪しよう。しかし、足が動かない。この足を彼女の前に進ませる為には何かが足りない。それは“勇気”と呼ばれるもの。意を決したとしても勇気が欠けていれば、罪の花を踏み潰すことは出来ない。足踏みしている間にも時は流れていく。彼女はいつここを離れてもおかしくない。いつまでもこうしているわけにはいかない。

 

 僕は勇気を罪の花より絞り出す選択をした。先程ぽつりといいものが花の頭に降ってきて、絞り出すには充分な肥え方だった。自らだけの勇気で足りないのであれば、どこからか持ってくればいい。この場合は変換とも言うべきもの。僕の足は遂に動く。彼女の目の前に立つ。身体が震える。しかし、ここまで来た。声を掛ける。真っ白になって動かない頭を回転させて謝罪の言葉を紡ぎ出す。

 

「お姉さん、少々よろしいでしょうか。先程は失礼な行いを本当にすみませんでした。改めてちゃんとした形で謝罪をさせて下さい。」

 

「僕の手が当たってしまった場所は大丈夫ですか。ひどい怪我になっていたりはしませんか。」

 

戸惑っているような感じだった。何も答えない。声を出せないのか、それとも僕とは言葉も交わしたくもないのか。しかし、僕は読み取った。ほんの少しの表情の変化を逃さなかった。彼女はどうやら応えたようだった。何と返したかは分からなかった。しかし、ここまででいいと僕は判断し、それではと告げて彼女の元から去り、遠い町へ僕の身体を運んで行く電車に乗った。

 

 伝えたい事はまともに言葉にもならなかった。しかし、これでいいのだと思った。あの状況、状態で出せた言葉なのだからあれが最高であったと。僕はそう思った。そして、あの時の罪の花は未だに僕の心に咲き続けている。これでいい。罪の意識を抱き続けることが罰。そう思うから。これでいい。

 

 

“既に亡骸となった僕の話”

 

夢の住人 101号室


  僕の夢には時折、住人たちが顔を出す。

  

 長期に渡って顔を見せる者もいれば、一度だけしか顔を見せたことがない者もいる。いずれも女性だと認識している。何故か僕の中ではそう認識出来ている。後述する名もそうだ。

  

 彼女たちは僕の夢の中でそれぞれ名を持って現れる。だから、「ネームズ」とただ単純に呼ぶこともある。おそらく彼女たちは僕の意識が夢の中で形を得た存在。意識体とでも呼ぼうか。元を辿れば僕の意識だ。ひとつの意識より生まれた形だ。

  

 夢の住人と呼んだが、最近では現実にも影響を及ぼし始めている。自分の意識が他意識と入れ替わる瞬間を観測出来るようになった。それでも僕なんだ。趣味や嗜好、言動が変わろうとも。だから、解離性同一障害とは全く関係の無いものだと僕は勝手に判断している。


  さて、僕の夢に名を持って現れた最初の住人を紹介しようと思う。彼女は「あの子」。ただの三人称のようではあるが、僕はそれを夢の中で名だと認識した。最近ではアノとも呼んでいる。

 見た目としては右腕が異形化していて双眸を冷たいアスファルトに流れる赤い血の様に美しく輝かせ、全身から血を流した某艦隊ゲームの深海棲艦の正規空母を基調としたような姿をしている。

  

 彼女は僕にとっては死神とも聖母とも呼べる存在である。彼女は夢の中で僕を殺すために動く。それを僕は僕自身の抱える罪への罰。浄化、儀式のようなものだと感じた。ひどく優しい雰囲気で僕に迫ってくるのである。殺されそうになっているのにも関わらず、僕は彼女から温かさを感じた。言葉では表現し難い包み込むような温かさである。これを安心感と呼ぶのだろうか。

  

 僕は一応逃げるという行為をしたが、最後には彼女に殺されることを望んだ。彼女になら殺されてもいいと思った。それを彼女は悟ったらしく、今まで僕が生きて見てきた人の笑顔とは比較にならない程の優しい笑顔を見せた。その笑顔を今でも鮮明に覚えている。そして、そこで僕の夢は途切れた。夢より目覚めたのだ。夢から覚めた僕は普段よりも更に薄く感じた現実で暫くぼーっとしていた。


  彼女は一体僕の何を表しているのだろう。そこに意味があるものなのかどうかも分からないが、僕なりに少し考えてみた。

 彼女は僕にとっての“死”そのものの概念の具現化なのではないか。僕は死を枕元に置いて寝るくらいに死とは切っても切れない深い関係にある。それは生物全体にも言えることだが。

  優しく温かな死とはおそらく安楽死を表しているのだろう。日頃より僕は安楽死を望んでいるからその影響だろう。

  何者かによって殺されることは孤独感からの逃避にあると見る。孤独感から逃れる術を僕はまだ見つけられずにいる。そこからきているのだろう。僕を殺そうとする彼女だが、僕に安心感をくれる相手だ。孤独感など感じまいよ。

  

 僕はどうやら死に対して冷たい印象ではなく、むしろ逆の温かい印象を持っているようだ。あそこまで優しく温かく包まれるように死ねるとは、夢とは言えとても良き体験をした。

  僕は死を解放であると考えている。そういう部分も加味された夢となっているのだろう。望んでいるから夢を見たのだろう。願っているから夢を見たのだろう。

  死とは生を持っていては手に出来ないものである。まさに表裏一体とも言うべきもの。僕は触れてみたい。死に触れてみたい。一体どういうものなのだろう。僕が無意識下で認識していた優しく温かいものなのだろうか。僕は一方的に望んでいる。そういう死を望んでいる。



  彼女は僕にとっての“救済の形”なのかもしれない。